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教室案内

講師:水野直子
チェンバロ・フォルテピアノ・ピアノ奏者。 福岡県出身。
武蔵野音楽大学器楽科ピアノ専攻卒業、同大学院修了。卒業演奏会をはじめ、これまで多くの演奏会に出演。国内の数々のコンクール優勝、入賞。

大学院修了後古楽器の演奏に興味を持ち渡伊。2002年ミラノ市立音楽院古楽科へ入学、2008年同音楽院修士課程を最高点、栄誉付き首席で修了。
また在伊中、トレント州アーラのピッツィーニ宮殿内楽器博物館でオリジナル楽器の演奏法の研鑽を積む。


ミラノのサン・ロレンツォ、 サン・マルコ、サン・マウリツィオ教会をはじめ、スフォルツェスコ城、モデナ宮、ヴェネツィア、ウルビーノなどイタリア各地で多くのソロ及び室内楽のコンサートを開き、2007年のサン・バビラ劇場での演奏はイタリア放送局Rai Uno、Skyで放映された。

2008年にはクレモナ音楽祭に招聘され、チェンバロとフォルテピアノを使ったオールD.スカルラッティのコンサートはイタリアラジオ局 Rai Treにて収録、放送された。ヴェネツィア、ジョルジョ・チーニ財団奨学生。


これまでにピアノを堺康馬、ベラ・シキ、 エレーナ・アシュケナージ、エリザベト・トゥーシャ、チェンバロを故ラウラ・アルヴィーニ、エミリア・ファディーニ、エンリコ・バイアーノ、フォルテピアノをアンドレア・ディ・レンツォ、ジョス・ファン・インマゼール、 マルコルム・ビルソン、イタリア17・8世紀の室内楽をマーラ・ガラッシー、ジャンニ・デ・ローザ、ガエタ―ノ・ナジッロ、パオロ・リッツィ、パヴェル・シュタイデル、通奏低音をアントーニオ・フリジェー、ルネサンス理論をディエーゴ・フラテッリ、ヴィチェンツァ国立音楽大学大学院で音楽修辞学をロベルト・ソルチ、音楽図像学をステーファノ・トッフォロの各氏に師事。

現在、時代の異なる鍵盤楽器(クラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノ、ピアノ)を使った演奏活動を中心に活動。


論文

  • 『ラヴェル作曲 「夜のガスパール」についての一考察-和音分析とともに-』1997、東京
  • 『J. J. クヴァンツの「フルート奏法」における速度表記について』2007、イタリア
  • 『C. チェルニー著 「ピアノ奏法Op.500」より、ペダルについての一考察-ベートーヴェン、シューベルト、ウェーヴァーの作品より-』2008、イタリア
  • 『ヴェネツィアにおける奏楽天使の機能についての一考察 —ジョヴァンニ・ベッリーニの《サン・ジョッベ祭壇画》を中心に—』 2016、東京
資格
  • 中学校・高等学校教諭一種免許状(音楽)取得
  • 心理カウンセラー資格取得。

教室概要

代表者 水野 直子
所在地 東京都練馬区氷川台 氷川神社近く
連絡先 mizunonaoko.piano.cembalo@gmail.com
設立 2010年11月


教室案内動画

講師ご挨拶

水野直子ピアノ・チェンバロ教室はマンションの一室にある個人教室です。
イタリアから帰国後、2010年12月に開講しました。
現在は練馬区氷川台、平和台、早宮、桜台、北町、高松、桜川の子供さんをはじめ、大人の方では関東甲信越から、また九州や四国から、飛行機や新幹線を使って通われる、勉強熱心なピアノ講師たちの勉強の場となっています。

ピアノが一生の友となりますように。

忙しい現代だからこそ、芸術に触れ、情緒を育くみ、感受性を磨いてほしい。
美しいものを愛でる素直な心、表現する力を育てたい。

そうした思いを込めて、基礎から丁寧に勉強できる、お一人ずつにあわせたレッスンカリキュラムで指導しています。
指先から音が自然にこぼれ落ちるような、無駄のない滑らかな動きとともに、リズムを刻み、曲想を感じ、心で音を味わいましょう。

「楽器を弾く」ということは、その時々の課題を乗り越えていくことです。
一つ一つの「できた」という喜びと達成感を味わいながら、 挑戦することや、 目標に向かって継続する力を学んでいきます。

心理カウンセラーとしての知識と、イタリアで接した「自由を尊重しながら、褒めて伸ばす」教育を土台とし、ピアノを通じて、グローバル社会に通用する豊かな人間性の形成と、広い視野とともに問題に取り組む、考える力を育みたいと考えています。

ピアノの先生へ

この度、ピアノの先生がたの「チェンバロが弾いてみたい」という声からピアノの先生のためのバロックコースを新しく開講することになりました。

この機会にチェンバロと触れ、バロック時代の習慣(装飾法、アーティキュレーションの付け方など)を体感してください。
またチェンバロ奏法を生かしたピアノの演奏法もお伝えします。

バロックとは「丸さに欠陥のある真珠」を意味したもので、もとは工芸的な世界の言葉でした。それが19世紀末になって、軽蔑的な意味から、独立した価値を持つ単語として使われます。
実際に、歪んだ真珠も歪んでいるからこそ、様々な光の陰影をおこし、作品に特別な風味を与えるのです。

「本来、強弱がつかないとされるチェンバロが、こうした陰影をどのように表現したのだろう」「ピアノで弾くバッハとチェンバロで弾くバッハには、奏法の違いはあるのだろうか」

このような疑問を持たれた方は少なくないはずです。バロック音楽に命を吹き込むお手伝いを致します。
音楽を愛し、ピアノを愛する皆さまのお役に立てれば幸いです。