指使いは変わらないものと、経験で変わっていくものとがある

指使いの書かれた楽譜と、書かれていない楽譜。
あなたはどちらが好きですか?
あるいは、どちらの楽譜だと安心しますか?

 

古い運指と新しい運指

指使いの歴史は鍵盤楽器が生まれてから、今の運指に定着するまで、長い歴史を辿っています。

ピアノのスケールといえば、ドレミファソラシドを例にすると、私たちが常識としている12312345の指使いは、バッハの時代では「新しい指使い」であって、特別な場合を除いてはほとんど使われていなかったのです。

それでは当時の指使い(運指)はどのようなものだったかというと
12343434
とか
34343434とか・・
中指を中心に、指を交換していたのです。
対して、「現代の」ものは親指の移動ありきで指使いが考えられています。

親指をくぐらせる運指は速いパッセージを弾くには適しています。
例えばバッハの《トッカータハ短調》の冒頭部分は、親指を使わなければ弾けません。
だからこの時代を演奏するためには、旧運指、と現代使われている新運指の両方を知っておく必要があります。

バッハの曲を弾いていて、弾きづらい、と感じる理由の一つには、運指の問題が絡んでいる、ともいえますから、バロックを弾く際には、どちらの運指も臨機応変に対応できると、バロック音楽の自然な音楽の流れを作る手助けになるでしょう。

楽譜の運指は参考程度にしよう

あなたは何版を使っていますか。
版によって、運指が異なります。
特にヘンレ版は、同じ曲でも、水野が学生の頃に手に入れたものと、最近出版されたものでは、運指を担当した人間が異なるのです。

水野が学生の頃に購入したヘンレ版の指使いは、Hans-Martin Theopoldのもの。
Hans-Martin TheopoldについてはヘンレのHPを参照 →https://www.henle.de/en/about-us/contributors/hans-martin-theopold/

左は、上部分が切れちゃってますがメンデルスゾーンの小品集、右はバッハのフランス組曲。
(写真が下手でごめんなさい)
この頃出版されたショパンの運指も彼のものだったりしますから、なるほど、時代を問わず、ヘンレに長く貢献したピアニストなんですね。


とはいえ最近のヘンレでは、サー・シフペライア(ベートーヴェンのヘンレで名前を発見したと思ったら、なんと全ピアノソナタを校訂中だとか!)など現代活躍中の有名ピアニストが監修した運指が出版されるようになりました。
実際に彼らのようなカリスマピアニストにレッスンを受けられない私たちにとっては、彼らの運指を垣間見られることは垂涎ものです。
しかし、手の大きさや指の長さは人それぞれですから、彼らの指番号を鵜呑みにするのではなく、あくまでも一つの参考としてとらえ、自分の手と合っているのか何度も試して決めると良いでしょう。

とはいえ初心者が独自の運指で演奏するのは絶対にNGです。
ここでいう初心者とは、バイエルやブルクミュラー、ソナチネ、あたりまで、です。

「え?ソナチネも初心者?」と思われるかもしれませんが、ソナチネあたりまでは、まだまだ基礎を作る段階なので、水野は初心者と考えています。

たまに、バイエルでも、自分が動かしやすい指を使ってなんとか弾こうとする方もいらっしゃいますが、それは曲がゆっくりだからできることで、テンポの速い曲になると絶対に弾けなくなります🥲
動きにくい指は、逆に伸びしろがたくさん!使えば使うだけ動くようになりますから、師匠と相談しながらら、諦めないでレッツトライ!です。

変わらない運指、変わる運指

バッハの次男、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが1753年に出版した『正しいクラヴィーア奏法』に、新しい運指として紹介された指使いが、現代の私たちにとっては常識の指使いになっています。

しかし、この時期は新旧の運指が混合していた時代です。
運指が混合しているということは、実際には作曲スタイル自体も混合していますから、どの部分にどちらの運指を使用するのかという判断ができる知識を身につける必要があります。
変わらない運指を、作曲スタイルに合わせて当てはめる作業をする、ということです。

対して、成長とともに手が大きくなり、訓練によって指も広がっていくと、運指が変わっていく箇所が出てきます。

下の画像は、バッハの《シンフォには第3番》です。
私の汚い走り書きですが、2段目の18小節の高声部分に、2種類の運指を書いています。

下の部分はイタリアで勉強していた、まだあまりチェンバロに慣れていなかった時の運指で、その上に書いている運指は、数日前に再練習した際の新しい運指です。新しい運指の方が、昔の運指よりも断然弾きやすくなっていました。

昔は横の鍵盤を演奏するときに、同じ指でスライドさせる、という高度なテクニックを、この速さではまだできなかったんです。

最近、5年、10年、と通っていらっしゃる大人の方が、昔の曲をもう一度弾いてみたい、と、新しい曲も取り組みながら再練習されることが増えてきました。
その度に「昔はここが苦手だったけれど」「ここは弾けなかったけれど」と感想を述べながら、「いつの間にか弾けるようになっていた」と嬉しそうにおっしゃいます。

そして、運指の正しい型に苦労していた指も、難なく弾けるようになっている自分に驚いているそうです。

正しい型で演奏すると、聴いていても見ていても「美しい」ものです。
人と比べるのではなく、昨日の自分と比べて、できたことを喜び、できなかったことは未来の自分に任せて、楽しんでいただきたいと思います。

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