私の仕事は宴会芸やパーティーの余興ではない

こんにちは
水野直子です。

 

今日はかなり真面目な話。
Facebookのピアノの先生仲間に向けて書いた記事をシェアします。

 

数日前、私はとても怒っていた。
そしてその怒っている感情の本当の姿は「悲しさ」だ。
 
 
 
 
音楽家、あるいはピアノ教師のあなたは、
こういう経験をしたことがないだろうか。
 
 
 
「ちょっと弾いてみて」
あるいは、
「ピアノ弾けるんだ!ちょっと聞かせてよ」
 
 
 
私は幾度となく、こうした発言を受けてきた。
 
 
 
 
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ここで少し昔のことを思い出してみる。
小さい頃は、ピアノを弾くことが嬉しくて、
「ピアノを弾いて」と言われれば
素直に喜んで弾いていた。
学校でピアノ伴奏に選ばれることは、どんなに鼻高々だったろうか。
 
 
音大生になった時
「ピアノを弾いて」と言われた時は
「しめた!次回演奏するときのリハーサルができる」
くらいな気持ちで、ドヤ顔でひいたこともある。
なぜなら、試験やコンクール前に
人前でリハーサルができる機会があまりなかったからだ。
このリハーサルをするかしないか、は
本番での精神的な支えにとなる。
 
 
 
では大学を出てからはどうだったか。
 
 
「ピアノを弾いて」と卒業してから言われた時、
ここで初めて
「めんどくさいな、なんで私が弾かないといけないんだろう」
と思い始めるのだ。
 
 
 
どうしてそういう風に思うようになったのか。
 
 
答えは明快だ。
大学を出てからは、演奏でお金をもらうようになったからだ。
演奏で収入が入る=プロになったのだ。
経済的にも精神的にも。
 
それからは、どんなに少なくても、
演奏でお金が入ることになったことに誇りを持つようになった。
 
そうして、一つずつ信用を築きながら、
仕事を増やし、キャリアを積むと、
今度はオファーの金額にもこだわるようになる。
 
 
そんなの当たり前だ。
企業で言う「実績」を積んで「信用」を築いてきたのだから。
 
 
そうやって、ピアノとともに
自分の音楽人生は半世紀を迎えようとしている。
今は胸を張って、自分は音楽で生計を立てている、と言える。
 
 
しかし、こうした「見えない技術」は
時に空気のように扱われることがある。
 
 
 
 
実は先日、久しぶりにこの言葉を言われたんだよね。
 
 
 
 
そういえば最近、
音楽家が自分の演奏をSNSにアップするようになりましたね。
コロナもあるし、Youtube関連のメリットもあるし、で、
まぁそれは、それぞれの思いにしたがって、
自分の演奏をアップしているんだから、
いいんじゃない?
私も「自分が出したい」と思った動画を
自分の意思で配信しているし。
けれどそれは「自分のため」であって、
「人のため」では、全くないんだよね。
 
だけど、オファーは違うよね。
 
 
 
 
 
で、なんで「怒っている」と書いたのか、だけど。
 
それは、その発言をした人本人が、企業家をサポートする、と明言している人だからだ。
ピアノ演奏が職業になっている人のことを本気で考えたことがあるのだろうか。
そんな人がコンサルなんかしていいのか?
 
 
 
「悲しさ」は、音楽家としての立ち位置とは、
世間ではそんなものなのかと
再認識(何回も「再」がつくくらいね)したこと。
そして
自分もその程度なんだ、って思ったりしたんだよね。
 
 
 
 
もし私が、超絶売れっ子のピアニストだったら
(たとえばシフ様、とか、そんなんあり得ないけど)
そんなこと言われないよね、って
思いはじめたら自分がチンケに見えてねぇ。
 
 
 
あとね、そんなことを思っちゃう、
自分の心の弱さもわかって、もっとメンタル強くいたいなぁ、
なんて思った週後半でした。
 
 
 
この投稿から寄せられたコメントは、
同じ思いをした演奏家さんから多く寄せられました。
そしてダイレクトメッセージも同じくらいいただきました。
 
 
 
この手のお話は、本当にたくさんあるし、
自分もどれほど経験したかわかりません。
 
 
こうした認識をどうやって払拭していくのか。
相手は知らないだけなので、
自分に直面した時に
丁寧に説明するしかないのかな、と思いますが
結構エネルギーのいることでもあります。
 
 
ふぅ。
 
 

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