運命の曲と成長のタイミング

小さい頃、「もっと丁寧に演奏できるといいのにね」
「水野さんの音は荒い」
「音が汚い」
「もっと優しく」

とかね、私ってば、そういう言葉を散々言われてきた人間です。

大学に入るまでに、耳にタコができるくらいずっと言われていました。
そして、「きっと今日もそう言われる」と思ってレッスンを受けていた私の演奏は、
萎縮した、しょぼい演奏だったに違いありません。

その度に
「私だって、丁寧に、美しい音で弾きたいけど、どうやったらいいかわからない」
「そもそも、そういう音ってどんな音なの?」
「その音の出し方を、誰か教えて」
自分の力のなさにガッカリする毎日でした。

でも、今だからわかることなのですが
「いい音」や「美しい音」というのは
「才能」があるから出るものではなく
「コツ」があるんですよね。
それこそテクニック、というものかな。

そのコツを掴むためには、
うまく伝えられる先生も必要だなと思う。
レッスン中に、その都度
模範演奏をしてくれる先生だったら、
真似がうまい生徒なら、上達も早いかも。
そこに到達するまでは
生徒側もマインド的にもテクニック的にも
それ相当な準備が必要だと思いますが。

私が「あれ、なんだか昔より、音の出し方や、音色が
(良いほうに)変わってきたかも?」
と思い始めたのは、大学2年あたりでした。

その時、リストの《バラード2番》を弾いていたんですよね。

20世紀の巨匠 ホロヴィッツの演奏です


その時に、この曲をやっていて
音の出し方や自分の進む方向性などが見えてきて
リストを軸に勉強しながら
ラヴェルやラフマニノフなどを勉強して
「その時」に手に入れる必要のあるものを
「ギュッ」と勉強したな、という感覚があります。

例えば、リストの激しく熱いテクニックが必要なところを
自分の元々持っていた「音が荒く大きい」
という残念ポイントを、
丁寧な音にしつつも音量は落とさない、
音がただ大きいだけのものを「響く音」に変える
という作業を
当時の先生が、横で弾いてくださいながら
体感させてくださいました。


そしてリストの歌い回しや和声の響きが
当時の自分の心にすごく鳴り響いて
音の響きを「聴く」ということはこういうことなんだな、
と心の底から愉しめてきたんですよね・・・

こういう感覚を「運命の曲に出会った」というのかな〜。

実はリストの作品は、その前にも挑戦していたことがあります。
それは高校2年の3月のピアノ発表会の時。
リストの《愛の夢第3番》を、
当時の先生に頼み込んで弾かせていただいたんです。

私がこの曲を初めて聴いたのは、
その秋のレコードを使った音楽史の授業でのことでした。
雷に打たれたように
一瞬で魅了されましたね〜!

で、ちょうどその頃に
発表会の選曲をしていたので
「ただ弾くことはできるけれど、
深く弾き込めるほどの実力はない」
とは分かりつつも
先生に話してみましたらば

「・・あなたがそこまで弾きたいなら、まぁ、いいけど・・」と
しぶしぶ了承を得たのですが・・・
先生の優しさであったことは分かっています。

それから「やったー!」という気持ちだけで
挑戦はしましたが、まぁ、本番はぼろぼろで(汗)
それも先生の想像の範囲内だったと思いますが(笑)

さらに追い討ちをかけるように
この演奏を聞いていた
ソルフェージュを習っていた声楽の先生から
わざわざ電話がありまして
「あなたの音が汚い」とさ。
その時は「また言われた〜」なんて落ち込みましたが
今思えば
そんなんわざわざ言わんでもいいやんね!

ま、今は、そんな思い出も笑ネタです。
それにチェンバロより↓この演奏↓が好き、
と言ってくださる方もいらっしゃるので、いいの!


いろんな思い出が出てきて
長文になってしまいましたが

その時どきの成長の過程で
適した曲があって
そして
その曲にであったことで
成長が驚くほど「ぐんっ!」と伸びることもあるので
「最近、なかなか上達しないなぁ」と思っていても大丈夫!
やり続けていれば必ず突破口が見つかります。
そう!
やり続けてさえいれば!

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