聖数1と2

この記事は、ピアノの先生用のメルマガからの抜粋となります。
というのも、
以前ブログに先行して
メルマガにて「7色の虹と7つの階段」の記事を書いたときに
もっと数字に隠された意味を知りたい、
というお問合せがあったので
不定期ではありますが
これまでの水野の集めた資料をまとめる感じで
メルマガに書き始めました。

こちらブログでは
不特定多数のかたが閲覧されると思いますので
メルマガとはまた違う書き方をしますが
よろしければお付き合いください。

水野が扱う数字について

本記事で主に扱う数字は
聖書のテクストと対照させながら
シンボルとしての意味を
探ろうとしたものです。

占いに使う数字はカウントしません。

また、一つの数字に
いくつもの意味があるものもありますが
ここでは主なものを記載するにとどめたいと思います。

内容は、
主に、水野がイタリアの
ヴィチェンツァ国立音楽大学大学院で勉強していた
ノートをたどりながら書いいます。


数字の1は、
神の数とされています。

キリスト教では、単一性や唯一性を強調する数字です。

チーマ・ダ・コネリアーノ《父なる神》コートールド美術研究所蔵(ロンドン)

2

「この世は二元論によって成り立つ」と
ドイツの神学者 シュミット
(J. J. Schmidt, Der biblische Mathematicus, 1731 ) が論じているように

「2」という数字は
●敵対
●対立
さらには
●分割
●分離のシンボルと考えられます。

具体的には
神と人
天と地
善と悪
昼と夜
精神と肉体
男と女
右と左などです。

ここまでは、
少し調べるとたどり着けることかと思いますが


もう一つ
水野がイタリアの授業で
教えていただいたことを
書いてみます。

聖書には
神(数字の1)は
神の似姿と全く同じように
「人間(アダム)」を創造した、
とされています。

ミケランジェロ《アダムの創造》1511ca. システィーナ礼拝堂天井画 

そこで数字の「2」は
「人間」を表す数字である、
という考えもあるそうです。

それゆえに、「2」という数字にも
「唯一性」が潜んでいる、と教わりました。

とはいえ、
神と全く同じ姿で作られた人間は
神から禁止されていた
赤い実(知恵の木の果実)を
食べたために(これを原罪といいます)

ルーカス・クラナッハ《知恵の樹》1530 ウィーン美術史美術館蔵

楽園から追放され(失楽園)

マザッチョ《楽園追放》1425-1427 カルミネ聖堂ブランカッチ礼拝堂

その際に神と同じだった姿は変えられて
そして神と会えなくなったとされています。

その原罪をあがなうために
この世に送り出されたのが
キリストである、
という考えがあるそうですが
これも宗派によってはいろいろだそうです。

聖書は、ファンタジーか、あるいは本当の物語か…?

皆さんはどう思われますか?

実は「2」には
今回取り上げたものの他にも
まだ意味があるようですがまとめきれていません。
引き続き、リサーチを深めていきたいと思います。

皆さんからの
「他にもこんな意味を見つけた!」という
お便りもお待ちしています(^^)

次回は「3」へ進みます。

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