荒川恒子先生の思い出
古楽器を志す者にとって、どの楽器を専門にするかに関わらず、手元に置き、生涯を通じて繙くべき基本書がいくつかあります。
その代表格の一つが、ヨハン・ヨアヒム・クワンツの『フルート奏法』です。
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この大著を荒川恒子先生が日本語へと丹念に翻訳してくださったことで、日本の古楽奏者がどれほど深い学びを得て、助けられてきたか計り知れません。私自身も、その恩恵を授かってきた一人です。
先日、その荒川先生が旅先のドイツでご逝去されたという報せに接しました。突然のことに、深い寂しさと喪失感を抱いています。
先生との思い出を辿ると、今でも胸の奥に鮮明に蘇る場面が二つあります。
一つは、2007年のことです。
ベルギーのブルージュを訪れていた際、一人で夜の街を散策していると、テラスでお一人静かにビールを楽しまれている荒川先生のお姿が目に入りました。
思わず「先生!」とお声をかけ、少し同席させていただきました。
少し湿り気を帯びた夏の空気の中、ぼんやりと霞む月が街を照らす幻想的なブルージュの夜でした。
そしてもう一つは、私が日本へ完全帰国した後のことでした。
東京大学へ向かう電車の中で、「あら?! 水野さん」とお声をかけてくださったのが荒川先生でした。
下車するまでの間、先生は「山梨国際古楽コンクール」にエントリーする若い演奏家たちの最近の演奏動向について、「派手な演出のような弾き方が気になる」と少し心配げにお話ししていたのを思い出します。
先生が長年情熱を注ぎ、育ててこられたその山梨国際古楽コンクールも、来年からは開催されなくなるとうかがいました。
(山梨国際古楽コンクール公式:https://icemy.jp/ )
どれほど多くの若者たちがこの舞台を目標にして研鑽を積み、また次の挑戦に向けて歩みを進めていたことでしょうか。
いつも謙虚に「色々失敗もしてきましたけれど、それでもまだ続けています」とおっしゃる先生。
先生が残してくださったご著書は一生をかけてこれからも、ずっと読んでいきます。
先生、ありがとうございました。


