バラとチェンバロ
大人の生徒さんから「庭の手入れはどなたが?」とよく聞かれます。
花殻摘みや、水やり、ちょっとした植え替えなどの小さなことは水野が行いますが、バラの誘引や植栽はテラシエラさんにお願いしています。
17日は、テラシエラさんご夫妻にバラの誘引をしていただきました。
我が家のバラは、現在9種類。
- フリッツ・ノビス
- ラ・レーヌ・ビクトリア
- アイスバーグ
- デュセス・ダンクレーム
- レイニーブルー
- デヴィット・オースティン
- ウィンチェスター・カセドラル
- ハーマイオニー
そして今回新しく仲間入りしたイヴピアッチェ。
2年前にイブピアッチェに出会ってから、我が家にも是非欲しい!とずっと願っていました。
庭を作って2年経ちました。
テラシエラさんがおっしゃるには、練馬の土地自体がとても良い土壌らしく、またその上に土壌改良を行っているので、2年とは思えないほどの成長ぶりだそうです。
特に、紫のバラ、レイニーブルーは成長が遅いのですが、我が家のレイニーブルーは2メートルを超え、さらにこの時期までずっと咲き続けていました。
このレイニーブルーを気に入ってくださったご近所のシニョーラから、同じ苗木を迎えたいとのお話を受けて、同日、そちらの苗もシニューラ宅に植栽されました。
そして水野は、シニョーラから桜台六丁目バラ会長に任命され、シニョーラは広報部長となり、我が家の庭を宣伝してくださると。
長く住まわれている方の多い地域で、新参者の水野と仲良くしてくださり、近隣の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
花が嫌いな方がお隣だと、少しでも敷地内に花びらがや葉が落ちるとクレームがくるんだそうです。
そういえば、武蔵野音大の第一幼稚園近くに、木が歩道にせり出しているお宅があったのだけど、そのお宅の壁に「木を切って」みたいな(正確な文字は覚えていません)落書きがされていたな・・・怖
閑話休題。
いっちゃんはお庭の手入れ中、こうして外を眺めていました。
ちょこんと座っている姿が愛らしい・・親バカです。
響板の花たち
最近、軽いタッチのブログばかりなので、少しばかり知識人の真似事をしてみたいと思います。
チェンバロの響板には花の絵がふんだんに描かれています。
チェンバロの響板に描かれる手法はテンペラです。
テンペラは「和らげる」「混ぜ合わせる」とう意味を持つイタリア語のテンペラーレtemperareに由来する言葉です。
技法としては、顔料(水に溶けないもの/水に溶けるものは染料と呼ぶ)と卵や蝋、カゼインなどの乳化物質を固着材として混ぜ合わせます。
『美術家列伝』を書いたヴァザーリは、いちじくの汁を使ったりもしたようですが、現在一般的に「テンペラ画」といえば、卵を使ったもののことをいいます。
テンペラは油彩よりもはるか昔の技法で、一度乾けば剥離や、変色(油彩は黄色くなったり、黒くなったりします)しづらく、テンペラ手法で描かれた作品は、数百年経った現在でも鮮やかな色彩を残しています。
14世紀の板絵↓ この圧巻の輝き!
それではチェンバロの響板も、テンペラだからそこまで美しく残っているのか、というと、残念ながらそうではありません。
美術の世界でも、イコノクラズムや15世紀のサボナローラの虚栄の焼却などで、多くの傑作が焼かれましたが、チェンバロも同じような運命をたどり、特にフランス革命以降は贅沢品として忌み嫌われ、燃やされたり壊されたりしてしまったものがたくさんあります。
また音楽は、演奏をしてしまうと途端に消えてなくなってしまうものなので、今のように録音技術がない数百年前のこの芸術は、時が経てば経つほど演奏スタイルがわからなり、チェンバロが完全にはるか彼方の古物となってしまい、ガラクタ扱いになってしまった・・・のは仕方がないことなのかもしれません。
そんなチェンバロが再び日の目を浴び始めた20世紀までに、どうにか現存していた楽器は、楽器としての状態もさることながら、外装や内装も、上記のような美術作品ほどの良好な状態で残れませんでした。
カトリック教会のプロパガンダとしての大切なメディアである美術作品と比べると、チェンバロは貴族の虚栄の塊ですからね・・・貴族に力がなくなると、その美しさは、悲しいかな、陰ってしまうというものです。
それでも響板に描かれた美しい発色は、当時の姿を連想するにこと足りるかと思いますが。
上のチェンバロは、フランス宮廷の爛熟期にあるタスカンモデルです。
豪華で美しい花が所狭しと描かれています。
チェンバロの響板には、描かれる花には規則はなく、薔薇、デイジー、すみれ、紫陽花、チューリップ、ゆり、ベリーの実、いちご、アネモネなど、さまざまです。
響板は絵を描いてから弦を張るので、弦を張り終えてしまうと、響板の上に積もった埃などは、もうお掃除することができません。
チェンバロが一年一年と歳を重ねるほど、響板の木の色は濃くなります。
木の色は少しずつ黒くなりますが、添えられた絵は瑞々しいままです。
むしろ響板とコントラストが生まれて、美しく際立っていきます。
チェンバロとともに、演奏も円熟したいものです。
今日はこんなところで。
それではまた。